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だるろぐ

とてもだるだるした日記です http://about.daruyanagi.jp/

『哲学者・ソフィスト列伝』

読書 哲学

哲学者・ソフィスト列伝 (西洋古典叢書)

哲学者・ソフィスト列伝 (西洋古典叢書)

ピロストラトスの『ソフィスト列伝』とエウナピオスの『哲学者およびソフィスト列伝』を合わせた本邦初訳。ちなみにわしはディオゲネス・ラエルティオスの本を買おうと思って間違えた。ウケるー。京都大学学術出版会からはまだ出てないんだな。

そんなわけで、軽く通読したけど、ほとんど得るものはなかった。『ソフィスト列伝』で取り上げられなかったにもかかわらず、随所に存在感を見せつけたデモステネスには興味を持ったけど、弁論集だけで4・5冊か……どうせ読むなら全部読みたいが、通読できる自信がないな! でもソフィストたちの「題材」(フィクションの場合も多かった)が実際にどんなものであったかも知りたいし、挫折オッケーで1冊読んでみてもいいかなって思わんでもないけど。

さてさて。

ソフィストというのは、個人的にバッサリと簡単に説明するとすれば、哲学者が「知」を“目的”としたのに対し、「知」を“道具”として活用した人たちのことだ。哲学者にとって、「知」(とくに論理<ロゴス>)とは絶対であり、普遍であり、一生をかけて追求する価値のあるものだった。しかし、ソフィストにとってそれは相対的で、特殊的なものに過ぎない。いわば衣装のようなものだ。なので、題材や説得する相手によって使い方や見せ方を変えるのは当然のこと。結論が異なっていても、美しければ構いやしない。実際、『ソフィスト列伝』にも一つの題材を二通りに即興弁論して拍手喝采を浴びたエピソードが盛り込まれている(誰だかは忘れた)。

ピロストラトス『ソフィスト列伝』で、デモステネスの宿敵・アイスキネスを境にソフィストが2つに分けられている理由は、自分にはよくわからなかった。ちゃんと読んでたらわかったのかもしれないが――。ただ、なんとなくだけど、それ以前のソフィストはソフィスト同士で“技”を競い合っていたのに対し、それ以後のソフィストにとって挑むべき相手はローマのインペリウムだったのだと思う。

古代のソフィスト術は、哲学的な話題を提起するときでさえ、それらの問題を冗漫に長々と論ずるのが常だった。なにしろ、それは、勇気について論ずるかと思えば、正義についても、英雄や神々についても論ずるし、さらには、宇宙はいかにして今の姿に作り上げられたのかということまで論じていたのである。

(一方)その次の時代のソフィスト術は、貧乏人と金持ちの、王侯と専制君主の特徴を概観し、さらには歴史が案内してくれる特定の話題を論じた。

歴史を主導し、おしゃべりに興じていられた時代は終わり、歴史に従い、抗って生きるための弁論を強いられたというわけだ。

後期ソフィストは皇帝と太いパイプをもち、自分が根城としている街・地域を代表してその利益を誘い、名声を博した。または為政者を感心させ、大学教授の地位を得るための弁論を磨いた。読んでるときはわかってなかったが、『王政論』もそうしたスタイルを継承した作品なのかもしれないな。

王政論: 弁論集1 (西洋古典叢書)

王政論: 弁論集1 (西洋古典叢書)

  • 作者: ディオンクリュソストモス,Dio Chrysostom,内田次信
  • 出版社/メーカー: 京都大学学術出版会
  • 発売日: 2015/08/21
  • メディア: 単行本
  • この商品を含むブログを見る

というわけで、ギリシアが独立を失っても、デモステネスやアイスキネスの後継者たちは、カタチこそ変え、滅びることはなかった。しかし、ローマが滅ぶと、ソフィストも滅びるよりない。哲学者は教父、神学者として中世を生き延びた(新プラトン主義は万歳!)が……。

知に対する態度 ギリシア時代 ローマ時代 中世
普遍・絶対・目的 哲学者 vs ソフィスト 新プラトン主義 教父・神学者
相対・特殊・道具 ソフィスト vs ソフィスト 皇帝 vs/with ソフィスト タダの頭のいい異教徒 ×

ルネッサンスで古代が再発見されると、哲学者は息を吹き返した。しかし、プラトンが“詭弁者”扱いしたせいで、ソフィストたちはなお完全な復活を果たせていない。彼らは今でも誤解されたまま蔑まれている。けれど、たとえ“道具として”だとしても、自らの知を高めてやまなかったソフィストは貴重なひとたちだったのかもしれない。

なんせ今では、即興性に欠け、かといって論理にも知識にも深みがない“コメンテーター”たちが臆面もなくメディアに登場し、その“知”をひけらかしているわけで。まさに“真のソフィストの供給が足りないがゆえに、二流のソフィストですら需要されている時代”であり、真のソフィストが求められる時代なのかもしれない。知らんけど。

愛媛・松山にきて3年が経ちました。

松山 とりとめもないこと

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松山にくるときにもらった ANA マイルが今月で期限切れです。もう3年か……時間が経つのは早え!

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3年目ともなると、とくに何か書かなきゃーってことはないです。近所に飲みに行くお店ができたのと、散髪屋さんが何も言わなくてもいい感じに髪を切ってくれるようになっただけで十分。ちょっとだけ知り合いも増えましたしね。確定申告の方はちょっとだけ減収減益って感じですが、まぁまぁ、楽しくのんびり暮らせています。

最近ちょっと考えているのは、いい物件があったら(市内で)引越ししたいかなーってことぐらいですかね。今のマンションでも不満はないのだけど(なんか契約更新料もかかんなかったし、ベランダから松山城見えるし、別にずっといてもいい)、もっといいところがあれば狙いたい感じ。

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もうちょっと街中か、船と飛行機のアクセスがよさそうな(街にも出やすい)三津エリアがいいかなー。味のある・手ごろな値段の古民家があればいいのだけど。

そういう話とも関係するのですが、そろそろ婚活でもしてみようかなみたいなみたいなことも考えています。結婚するなら街中に住むのがいいだろうけれど、独りならもう少し田舎の方で田んぼと山でも買って暮らすのもあり(きっと大変なんだろうけど、楽しそうでもある)。とにかく、結婚するのかしないのか確定しないことには、いろいろあとのことも決まらない感じがする。

ぶっちゃけそんなに結婚願望があるかというと、実のところそんなこともないので、そんなに熱心にはしないかもですが、もしこっちのヒトと結婚できたら、もう少しこの土地にも根付けるかなーという期待はあるし、子どもはやっぱりほしい(真顔)。でも、まぁ、婚活市場に出す商品としてはレモンもいいところという自覚はあるし、無理してまですることもないかなって感じですかね。あまりうまく自分の気持ちを表現できないのですが、無理のない程度にやってみるのは損でもなかろう、と。ちょろっと顔出してみて、ダメだったらあっさり引き上げる方向で、とりあえずトライしてみようかなーって感じですね。

――これが今年の努力目標w そのほかにも、

  • 船で松山の島巡り
  • 愛媛 FC 観に行く(去年はなんかいろいろ問題あって興が削がれた!)
  • 今治城観に行って、なんか B 級グルメ食べてくる

という、去年のやり残しも片付けたいかも。確定申告おえて、バイクの車検を通したら、あちこち回ってみたい。

あと、今年もプログラミング生放送 in 愛媛・松山は是非やりたいと思います。今のところ例年通り6月に開催される予定。

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そういえば、去年はみつばたんも Hololens 抱えて松山まで遊びに来てくれて、楽しかったですねー。

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今年もなんかそういうプラスアルファがあればいいなって思っています。いいこと思いついた人がいたら、ぜひ声をかけてください!

平成自由詩っていうのが流行ってるらしいので詠んでみた

漢文 とりとめもないこと

togetter.com

変な人が恥ずかしい漢詩(平成自由詩と称するらしい)を贈ったのを、筑波大学が飾っちゃったというのが話題になっていた。

白面書生学筑波 白面の書生、筑波に学ぶ
発憤忘食紙筆耕 憤を発し 食を忘れ 紙筆を耕す
桃李満門邦家豊 桃李門に満ち 邦家は豊か
紫峰名声四海奔 紫峰名声 四海に奔る

よくわかんないけど、すげー勉強してがんばったら、自分ちも国も豊かになって、名声も高まった(高まるぜ)みたいな感じなんだろうか。韻を踏んでないとか、平仄があってないとか、すごい叩かれてたけど……そういえば、自分も漢文習ったのに(中学・高校時代だけだけど)、全然詠めないわけで。ほとんどの人はそうだろうと思うのに、自分ができもしないことで他人を貶すのはよくないんじゃないかなぁ。

というわけで、まずは自分でも試しに“平成自由詩”を詠んでみよう……と思ったが、なにも詠むべきことがない! まぁ、引きこもりだしね。仕方ないね。

そのあと“平成自由詩”のことは忘れていたのだけど、つい最近、ジム通いを始めて、プールで泳ぐようになった。毎回 1km ほど、30分ぐらいで泳いでいるのだけど、その間は腕をグルグル、足をバタバタさせる以外にやることがない。ヒマなのでいろんなことを考えるうちに、ふとあの“平成自由詩”を思いついたのでした。

水の中だから別に漢字までは厳密に考えてなかったから、Twitter に投稿するときにやっつけで当てた。

一掻一進躬滋重 水を掻いてもちょっとしか進まん、体めっちゃ疲れる
想河嬪抱何可苦 でも水の妖精的なのがぶら下がってると思えば、割とマシ
流脂相磨筋骨充 水の中を泳いでいると、脂肪がとれていく感じ
太歳一巡羽毛均 あと十二年ぐらいしたら、体重がゼロになる予定

謎の七言絶句ができた。「重(じゅう)」と「充(じゅう)」で韻を踏んでるぜー、いぇーい、おっさんよりよくできた詩なんじゃねえの? 割と面白くて、おっさんがハマって作りまくってるのもわかる気がする(とはいえ、碑文にして贈るのは割と迷惑だと思った)。

でも、家に帰ってちょっと調べると、この漢詩もどきはだいぶダメダメだというのがわかった。

まず、韻を踏むべきはそこじゃない。偶数の句の末で踏むんだな。

あと、「重」と「充」は日本語読みだと響きがたまたまあってるだけで、中国語の発音だとダメダメ。

  • 重:平声、冬。上声、腫。去声、宋
  • 充:平声、東。

「重」は「冬」と同じ、「充」は「東」と同じ韻らしく、似てるようで全然違う。

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こういうのは漢字辞典でちまちま調べないといけないみたいで、だいぶ面倒くさい(写真は『漢字源』だけど、「看(みる)」の字は「翰」「寒」と同じ韻なのだとわかる)。

あとで紹介するサイトなんかを活用して、同じ押韻をもつ字の一覧を見ながらパズルのように合わせていくのが簡単かもしれない。とはいえ、この漢字一覧を見てパッと訓読みできるレベルにならないと、字を選ぶのさえ難しいかもしれんが。

あと、平仄の問題もあるな。でも、正直、そこまでは面倒くさくてやる気が起きないなー。大学で中国語を習っていたら、このあたりもわかるんだろうか。フランス語なんかやってる場合じゃなかったな……(ちょっと後悔。

とりあえず押韻があってないのはダメっぽいので、少し手直ししてみた。なぜか五言律詩になったけど気にしない。

一泳而一進 一泳して一進
双腕益益魯 両腕がだんだんダルくなる
想河嬪縋抱 でも河嬪がすがるのを抱いていると思えば
不可息何苦 息ができなくても苦しいとは思わない(苦しくないとは言っていない
流脂相研磨 水の流れが脂肪を落とし
骨肉相親伍 体がガリガリ、ムチムチになっていくのを感じるぜ
太歳行一巡 このまま干支が一回りするぐらいがんばったら
総身応得羽 体重がゼロになりそう

漢詩のための押韻平仄チェックツール っていう便利サイトで押韻・平仄をチェックしたらこんな感じになった。

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押韻は大丈夫なのかな? 詳しい人、教えろください!

平仄の方は、たぶんめちゃくちゃ。韻を「麌」の字で踏んでいるのがそもそもの間違いかも(末は○で終わりたいんだが。あと、この韻のある字は微妙な雰囲気の漢字しかないし)。まぁ、今回は「漢詩って自分で作るとめっちゃ難しいんだなぁ!」というのを実感できただけで良しとしようかなって思う。

おまけ

ちなみに、同じ日本人代表として乃木希典の漢詩をこのチェックツールにかけてみたよ。

山川草木轉荒涼
十里風腥新戰場
征馬不前人不語
金州城外立斜陽

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すごい……韻もそうだけど、平仄もたぶん大丈夫な感じ(平仄のルールは知らんが、同じのが続いてたりするのはアレみたい)。むかしの知識人というのはほんとうに教養が深いんだな……。自分が恥ずかしくなるよ。最近は何でもカタカナ語で済ませているのを見ても、もう少し漢字の素養というのを身につけないと、言葉を生んだり表現することがどんどん稚拙になっていってしまうのではないかと感じる。

まぁ、僕らはその分、西洋の知識を得て広く浅くなっているのかもしれないけれど。

Windows 10 Creators Update のセットアップはしゃべる

Windows 10

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Windows 10 Creators Update のリリースが迫っていますが、なんかセットアップのアクセシビリティが改善されているらしいです。

blogs.windows.com

実機でスクリーンショットを撮るのがアレだったので仮想マシンですが、ちょっと追ってみました。なお、これはプレビュー版での仕様であり、製品版では変更や改善があるはずです。変なところがあっても笑わない。

1. いつものやつ

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だいぶ変わったといっても、最初の方はこれまでと同じです。

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おなじみだと思うのですっ飛ばします。この処理が終わって OS を再起動させると、ニューワールドの始まりです。

2. こ、こいつ……しゃべるぞ?

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再起動しました。

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するとコルタナさんが現れ、カタカナ発音で英語のメッセージを読み上げてくれます(製品版では日本語化されるものと思われます)。下のバーにはアクセシビリティ関連機能へのアクセスが提供されています。んー、音声でナビゲートされるのは割と新しい感じだなぁ。

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たいへん親切な案内だと思います。

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ちょっと進めてみましょう。ここからはメッセージが日本語化されています。このあたりで気づいたんですが、上のバーは現在なんの処理をしているのかを示しているのですね。[Welcome]→[(うちの環境ではスキップ?)]→[Network]→[Account]→[Services]と進むようです。今回は有線 LAN だったのでネットワークの設定をしなくて済んだようですが、Wi-Fi 経由でセットアップする場合はもうちょっと手順が多くなりそう。

3. アカウントのセットアップ

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次はアカウントのセットアップです。アカウントを“個人”で所有しているか、“職場または学校”で管理しているかで分岐するようですね。今回は“個人”を選択しました。

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お次は Microsoft アカウントのセットアップ。自分はいつもローカルアカウントを作成してから Microsoft アカウントに紐づけるようにしているのですが、今回は面倒なので案内に従っておきます。

f:id:daruyanagi:20170212125351p:plain

パスワードを入力。

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新しいセットアップではここで PIN の作成を求められます。最近はパスワードでのログインよりも PIN の利用が推奨されているので、従っておくといいでしょう(理由はググってみてください)。

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今回は適当に4桁の数字を設定しておきました。

サービスの設定

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最後はサービスの設定です。コルタナを有効にするかとか、プライバシーの保護設定とかをするセクションですね。

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新しいセットアップでは、とくにプライバシー設定がわかりやすくなっているのが売りのようです(個人的にはあんまりそういうことは気にしていないのですが、まぁ、自分でコントロールできるのはよいことです)。これだけではプライバシー潔癖マンには不足でしょうけど、なにもわからないまま[簡単設定]でスキップできてしまうよりはいいのかもしれません。

このセクションは英語ですが、たぶん製品版では日本語化されるはず。

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セットアップはこれで完了!

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あとはお馴染みのなんか色がぶわーっと変わるなんか変な画面を鑑賞すれば、デスクトップが現れます。

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お疲れさまでした!

WebMatrix とおさらばして、Visual Studio 2015 で ASP.NET Web Pages をはじめる

WebMatrix ASP.net Web Pages Visual Studio

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長年愛用してきた「WebMatrix」ですが、昨年10月に2017年11月1日 でのサポート終了がアナウンスされました。

Hi everyone

After a long and successful run, Microsoft has decided to end formal support of WebMatrix. Formal support will end on November 1st, 2017. Community support will continue on the WebMatrix forums

Please take a look at Visual Studio Code, our new, free, open source, multi-platform editor! VS Code support git integration, extensions and a whole bunch of other great features!

Thanks!

The WebMatrix team

WebMatrix formal support ends November 1st, 2017 : The Official Microsoft IIS Forums

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すでにテンプレートをダウンロードする際に 404 が発生することが多くなったほか、拡張機能のダウンロード提供が終了しており、第一線で使うにはつらい状況になっています。そろそろ乗り換えを検討すべきでしょう。

Microsoft は後継ソフトとして「Visual Studio Code」を推奨していますが、これは統合ターミナルでバリバリとコマンドを打つ感じなので、GUI に甘やかされた僕にはしんどい感じ(最近「Express」を少し触っているのですが、そっちの文化にあわせるなら割と使いやすいですけどねー)。いずれ慣れないといけないなーとは思うんですが、APS.NET Web Pages を使うならば、当面の間は「Visual Studio 2015」が一番楽かなーって感じです。

1. 「Visual Studio 2015」で ASP.NET プロジェクトを作成

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まず「Visual Studio 2015」で ASP.NET プロジェクトを作成します。

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プロジェクトタイプは“Empty”でよいです。というか、「WebMatrix」でいうところのスターターテンプレートの類は「Visual Studio」に用意されていないので、“Empty”が無難な気がします。

2. プロジェクトに Razor ページを追加

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このテンプレートは本当にほぼ空なので、プロジェクトのコンテキストメニューなどから Web ページ(Razor)を追加する必要があります。

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“Razor”などのキーワードで探すと簡単。いろいろあるけど、わかんなかった“Web ページ(Razor v3)”でいいと思います。

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最初のページを追加すると、ASP.NET Web Pages に必要な参照が勝手に追加されます。すごーい!

3. [F5]キーを押して実行

とりあえずなんか書いて実行してみましょう。

<!DOCTYPE html>
@{ 
    var message = "Hello! World";
}
<html>
    <head>
        <title></title>
    </head>
    <body>
        <p>@message</p>
    </body>
</html>

[F5]キーを押すとサーバー&ブラウザーが立ち上がります。

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message を変えてブラウザーをリロードすると、即座に反映されまっする。なんとなく気軽で「WebMatrix」を使い続けてきましたが、機能面では「Visual Studio」のほうがずっと強力(ブレークポイントとかもしかけられるやで。入力補完はちょっと緩いところあるけど)です。……で、「Visual Studio Code」ではこの手順をどうやるんだ? 

最後に「WebMatrix」さん、長いことありがとうございました。

誕生日がわかっている歴史上人物のなかで一番古いのはだれか?

歴史

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ちょっと調べてみた。ソースは Wikipedia の日付ページ。1月1日から順に「誕生日」欄の一番上を拾っていった。最初は「Excel」でやっていたのだけど、1月16日までやったところで「これは人類がやるべき作業ではない」と気づいたので、ASP.NET Web Pages + HttpAgilityPack でスクレイピングした。

結果はこんな感じ。

  • 1月1日:766年 アリー・リダー
  • 1月2日:1601年 徳川義直
  • 1月3日:紀元前106年 マルクス・トゥッリウス・キケロ
  • 1月4日:968年 真宗
  • 1月5日:1209年 リチャード
  • 1月6日:1367年 リチャード2世
  • 1月7日:1502年 グレゴリウス13世
  • 1月8日:1037年 蘇軾
  • 1月9日:1624年 明正天皇
  • 1月10日:1480年 マルガレーテ(マルグリット)
  • 1月11日:347年 テオドシウス1世
  • 1月12日:1588年 ジョン・ウィンスロップ
  • 1月13日:1595年 ヤン・ファン・ホーイェン
  • 1月14日:紀元前38年 ネロ・クラウディウス・ドルースス
  • 1月15日:1432年 アフォンソ5世
  • 1月16日:1594年 前田利常
  • 1月17日:1504年 ピウス5世
  • 1月18日:1689年 シャルル・ド・モンテスキュー
  • 1月19日:1200年 道元
  • 1月20日:225年 ゴルディアヌス3世
  • 1月21日:1338年 シャルル5世
  • 1月22日:1561年 フランシス・ベーコン
  • 1月23日:599年 太宗
  • 1月24日:76年 ハドリアヌス
  • 1月25日:750年 レオーン4世
  • 1月26日:1497年 後奈良天皇
  • 1月27日:1546年 ヨアヒム・フリードリヒ
  • 1月28日:1457年 ヘンリー7世
  • 1月29日:1688年 エマヌエル・スヴェーデンボリ
  • 1月30日:133年 ディディウス・ユリアヌス
  • 1月31日:1512年 エンリケ1世
  • 2月1日:1394年 一休宗純
  • 2月2日:1208年 ハイメ1世
  • 2月3日:1654年 ピエトロ・アントニオ・フィオッコ
  • 2月4日:1553年 毛利輝元
  • 2月5日:976年 三条天皇
  • 2月6日:885年 醍醐天皇
  • 2月7日:574年 聖徳太子
  • 2月8日:1291年 アフォンソ4世
  • 2月9日:1543年 顕如
  • 2月10日:1541年 足利義氏
  • 2月11日:1494年 武田信虎
  • 2月12日:41年 ブリタンニクス
  • 2月13日:1457年 マリー・ド・ブルゴーニュ
  • 2月14日:1404年 レオン・バッティスタ・アルベルティ
  • 2月15日:1368年 ジギスムント
  • 2月16日:1497年 フィリップ・メランヒトン
  • 2月17日:1653年 アルカンジェロ・コレッリ
  • 2月18日:1201年 ナスィールッディーン・トゥースィー
  • 2月19日:1473年 ニコラウス・コペルニクス
  • 2月20日:1753年 ルイ=アレクサンドル・ベルティエ
  • 2月21日:921年 安倍晴明
  • 2月22日:1403年 シャルル7世
  • 2月23日:1417年 パウルス2世
  • 2月24日:1103年 鳥羽天皇
  • 2月25日:1398年 宣徳帝
  • 2月26日:1361年 ヴェンツェル
  • 2月27日:272年 コンスタンティヌス1世
  • 2月28日:772年 白居易(白楽天)
  • 3月1日:40年 マルティアリス
  • 3月2日:1316年 ロバート2世
  • 3月3日:1439年 足利義視
  • 3月4日:1188年 ブランシュ・ド・カスティーユ
  • 3月5日:1133年 ヘンリー2世
  • 3月6日:1340年 ジョン・オブ・ゴーント
  • 3月7日:189年 プブリウス・セプティミウス・ゲタ
  • 3月8日:1293年 北畠親房
  • 3月9日:1285年 後二条天皇
  • 3月10日:1415年 ヴァシーリー2世
  • 3月11日:1544年 トルクァート・タッソ
  • 3月12日:274年 聖マクシミリアヌス (Maximilian)(+ 295年)
  • 3月13日:1615年 インノケンティウス12世
  • 3月14日:1681年 ゲオルク・フィリップ・テレマン
  • 3月15日:1097年 藤原忠通
  • 3月16日:1555年 雲光院(阿茶局)
  • 3月17日:1231年 四条天皇
  • 3月18日:1578年 アダム・エルスハイマー
  • 3月19日:1434年 足利義勝
  • 3月20日:紀元前43年 オウィディウス
  • 3月21日:927年 趙匡胤
  • 3月22日:1212年 後堀河天皇
  • 3月23日:1338年 後光厳天皇
  • 3月24日:1141年 熊谷直実
  • 3月25日:1259年 アンドロニコス2世パレオロゴス
  • 3月26日:1246年 日興
  • 3月27日:972年 ロベール2世
  • 3月28日:1472年 フラ・バルトロメオ
  • 3月29日:1501年 村上義清
  • 3月30日:1130年 モーシェ・ベン=マイモーン
  • 3月31日:250年 コンスタンティウス・クロルス
  • 4月1日:1220年 後嵯峨天皇
  • 4月2日:747年 カール大帝
  • 4月3日:1367年 ヘンリー4世
  • 4月4日:186年 カラカラ
  • 4月5日:1288年 後伏見天皇
  • 4月6日:1483年 ラファエロ・サンティ
  • 4月7日:1477年 大内義興
  • 4月8日:1540年 豊臣秀長
  • 4月9日:1336年 ティムール
  • 4月10日:1512年 ジェームズ5世
  • 4月11日:145年 セプティミウス・セウェルス
  • 4月12日:紀元前549年 マハーヴィーラ
  • 4月13日:1519年 カトリーヌ・ド・メディシス
  • 4月14日:1578年 フェリペ3世
  • 4月15日:1452年 レオナルド・ダ・ヴィンチ
  • 4月16日:1319年 ジャン2世
  • 4月17日:1277年 ミカエル9世パレオロゴス
  • 4月18日:1480年 ルクレツィア・ボルジア
  • 4月19日:1573年 土井利勝
  • 4月20日:702年 ジャアファル・サーディク
  • 4月21日:1488年 ウルリヒ・フォン・フッテン
  • 4月22日:1451年 イサベル1世
  • 4月23日:1185年 アフォンソ2世
  • 4月24日:1533年 ウィレム1世
  • 4月25日:32年 オト
  • 4月26日:121年 マルクス・アウレリウス・アントニヌス
  • 4月27日:1701年 カルロ・エマヌエーレ3世
  • 4月28日:1442年 エドワード4世
  • 4月29日:1659年 伊達綱村
  • 4月30日:1245年 フィリップ3世
  • 5月1日:1218年 ルドルフ1世
  • 5月2日:1360年 永楽帝
  • 5月3日:612年 コンスタンティノス3世
  • 5月4日:1008年 アンリ1世
  • 5月5日:1210年 アフォンソ3世
  • 5月6日:973年 ハインリヒ2世
  • 5月7日:1530年 ルイ1世
  • 5月8日:1587年 ヴィットーリオ・アメデーオ1世
  • 5月9日:1147年 源頼朝
  • 5月10日:213年/214年 クラウディウス・ゴティクス
  • 5月11日:483年 ユスティニアヌス1世
  • 5月12日:1401年 称光天皇
  • 5月13日:1133年 法然
  • 5月14日:1316年 カール4世
  • 5月15日:1567年 クラウディオ・モンテヴェルディ
  • 5月16日:1552年 誠仁親王
  • 5月17日:1155年 慈円
  • 5月18日:1048年 ウマル・ハイヤーム
  • 5月19日:1593年 ヤーコブ・ヨルダーンス
  • 5月20日:1768年 ドリー・マディソン
  • 5月21日:1173年 親鸞
  • 5月22日:1724年 マルク=ジョゼフ・マリオン・デュフレーヌ
  • 5月23日:1052年 フィリップ1世
  • 5月24日:紀元前15年 ゲルマニクス
  • 5月25日:1334年 崇光天皇
  • 5月26日:1264年 惟康親王
  • 5月27日:1332年 イブン=ハルドゥーン
  • 5月28日:1140年 辛棄疾
  • 5月29日:1630年 チャールズ2世
  • 5月30日:1423年 ゲオルク・プールバッハ
  • 5月31日:1469年 マヌエル1世
  • 6月1日:1563年 初代ソールズベリー伯爵ロバート・セシル
  • 6月2日:1428年 朝倉孝景
  • 6月3日:1534年 細川幽斎
  • 6月4日:1694年 フランソワ・ケネー
  • 6月5日:835年 平良広
  • 6月6日:1436年 レギオモンタヌス
  • 6月7日:1402年 一条兼良
  • 6月8日:1625年 ジョバンニ・カッシーニ
  • 6月9日:1526年 松平広忠
  • 6月10日:867年 宇多天皇
  • 6月11日:1572年 ベン・ジョンソン
  • 6月12日:1108年 高宗
  • 6月13日:1773年 トマス・ヤング
  • 6月14日:1679年 徳川徳松
  • 6月15日:1330年 エドワード黒太子
  • 6月16日:1139年 近衛天皇
  • 6月17日:1239年 エドワード1世
  • 6月18日:1511年 バルトロメオ・アンマナーティ
  • 6月19日:1301年 守邦親王
  • 6月20日:1469年 ジャン・ガレアッツォ・スフォルツァ
  • 6月21日:1002年 レオ9世
  • 6月22日:1684年 フランチェスコ・マンフレディーニ
  • 6月23日:紀元前47年 カエサリオン
  • 6月24日:1519年 テオドール・ド・ベーズ
  • 6月25日:1560年 フアン・サンチェス・コターン
  • 6月26日:1668年 雨森芳洲
  • 6月27日:1462年 ルイ12世
  • 6月28日:1243年 後深草天皇
  • 6月29日:1227年 北条時頼
  • 6月30日:1470年 シャルル8世
  • 7月1日:1481年 クリスチャン2世
  • 7月2日:419年 ウァレンティニアヌス3世
  • 7月3日:1423年 ルイ11世
  • 7月4日:1330年 足利義詮
  • 7月5日:182年 孫権
  • 7月6日:1404年 山名宗全
  • 7月7日:1794年 井伊直亮
  • 7月8日:1593年 アルテミジア・ジェンティレスキ
  • 7月9日:1249年 亀山天皇
  • 7月10日:1205年 北条政村
  • 7月11日:1274年 ロバート1世
  • 7月12日:1394年 足利義教
  • 7月13日:紀元前100年 ガイウス・ユリウス・カエサル
  • 7月14日:1454年 アンジェロ・ポリツィアーノ
  • 7月15日:980年 一条天皇
  • 7月16日:1486年 アンドレア・デル・サルト
  • 7月17日:1698年 ピエール・ルイ・モーペルテュイ
  • 7月18日:1635年 ロバート・フック
  • 7月19日:1688年 ジュゼッペ・カスティリオーネ
  • 7月20日:1304年 ペトラルカ
  • 7月21日:1414年 シクストゥス4世
  • 7月22日:1510年 アレッサンドロ・デ・メディチ
  • 7月23日:1503年 アンナ・ヤギエロ
  • 7月24日:1190年 耶律楚材
  • 7月25日:1016年 カジミェシュ1世
  • 7月26日:1678年 ヨーゼフ1世
  • 7月27日:774年 空海
  • 7月28日:1165年 イブン・アラビー
  • 7月29日:1166年 アンリ2世
  • 7月30日:1511年 ジョルジョ・ヴァザーリ
  • 7月31日:1800年 フリードリヒ・ヴェーラー
  • 8月1日:紀元前10年 クラウディウス
  • 8月2日:1594年 五郎八姫
  • 8月3日:1509年 エティエンヌ・ドレ
  • 8月4日:1521年 ウルバヌス7世
  • 8月5日:1461年 アレクサンデル
  • 8月6日:1180年 後鳥羽天皇
  • 8月7日:317年 コンスタンティウス2世
  • 8月8日:1079年 堀河天皇
  • 8月9日:1593年 アイザック・ウォルトン
  • 8月10日:1296年 ヨハン・フォン・ルクセンブルク
  • 8月11日:1086年 ハインリヒ5世
  • 8月12日:1503年 クリスチャン3世
  • 8月13日:1311年 アルフォンソ11世
  • 8月14日:1297年 花園天皇
  • 8月15日:1171年 アルフォンソ9世
  • 8月16日:1378年 洪熙帝(仁宗)
  • 8月17日:1473年 リチャード・オブ・シュルーズベリー
  • 8月18日:1305年 足利尊氏
  • 8月19日:1596年 エリザベス・ステュアート
  • 8月20日:1517年 アントワーヌ・ド・グランヴェル
  • 8月21日:648年 弘文天皇
  • 8月22日:1647年 ドニ・パパン
  • 8月23日:686年 カール・マルテル
  • 8月24日:1189年 アレグザンダー2世
  • 8月25日:1530年 イヴァン4世(イヴァン雷帝)
  • 8月26日:1676年 ロバート・ウォルポール
  • 8月27日:1407年 足利義量
  • 8月28日:1025年 後冷泉天皇
  • 8月29日:1593年 豊臣秀頼
  • 8月30日:1377年 シャー・ルフ
  • 8月31日:12年 カリグラ
  • 9月1日:1529年 タッデオ・ツッカリ
  • 9月2日:1778年 ルイ・ボナパルト
  • 9月3日:1034年 後三条天皇
  • 9月4日:1241年 アレグザンダー3世
  • 9月5日:1187年 ルイ8世
  • 9月6日:1644年 フアン・カバニーリェス
  • 9月7日:1533年 エリザベス1世
  • 9月8日:B.C.30年頃 聖母マリア
  • 9月9日:214年 アウレリアヌス
  • 9月10日:1690年 前田吉徳
  • 9月11日:1182年 源頼家
  • 9月12日:1492年 ロレンツォ2世・デ・メディチ
  • 9月13日:1520年 初代バーリー男爵ウィリアム・セシル
  • 9月14日:1580年 フランシスコ・デ・ケベード
  • 9月15日:1254年 マルコ・ポーロ
  • 9月16日:16年 ユリア・ドルシッラ
  • 9月17日:1192年 源実朝
  • 9月18日:53年 トラヤヌス
  • 9月19日:86年 アントニヌス・ピウス
  • 9月20日:1486年 アーサー・テューダー
  • 9月21日:1411年 リチャード・プランタジネット
  • 9月22日:1428年 景泰帝
  • 9月23日:紀元前63年 アウグストゥス
  • 9月24日:1501年 ジェロラモ・カルダーノ
  • 9月25日:1358年 足利義満
  • 9月26日:1791年 テオドール・ジェリコー
  • 9月27日:1544年 竹中重治
  • 9月28日:1573年 ミケランジェロ・メリージ(カラヴァッジオ)
  • 9月29日:紀元前106年 グナエウス・ポンペイウス
  • 9月30日:1227年 ニコラウス4世
  • 10月1日:208年 アレクサンデル・セウェルス
  • 10月2日:1452年 リチャード3世
  • 10月3日:786年 嵯峨天皇
  • 10月4日:1289年 ルイ10世
  • 10月5日:1713年 ドニ・ディドロ
  • 10月6日:1459年 マルティン・ベハイム
  • 10月7日:1697年 カナレット
  • 10月8日:1850年 アンリ・ルシャトリエ
  • 10月9日:1623年 フェルディナント・フェルビースト
  • 10月10日:1684年 アントワーヌ・ヴァトー
  • 10月11日:1835年 セオドア・トマス
  • 10月12日:1533年 朝倉義景
  • 10月13日:1656年 徳川綱條
  • 10月14日:1257年 プシェミスウ2世
  • 10月15日:紀元前70年 ウェルギリウス
  • 10月16日:1351年 ジャン・ガレアッツォ・ヴィスコンティ
  • 10月17日:1760年 アンリ・ド・サン=シモン
  • 10月18日:1127年 後白河天皇
  • 10月19日:1276年 久明親王
  • 10月20日:1620年 アルベルト・カイプ
  • 10月21日:1328年 朱元璋(洪武帝)
  • 10月22日:1689年 ジョアン5世
  • 10月23日:1507年 曲直瀬正盛(道三)
  • 10月24日:51年 ドミティアヌス
  • 10月25日:1510年 ルネ・ド・フランス
  • 10月26日:1491年 正徳帝
  • 10月27日:1466年 デジデリウス・エラスムス
  • 10月28日:1335年 李成桂
  • 10月29日:1656年 エドモンド・ハレー
  • 10月30日:1218年 仲恭天皇
  • 10月31日:1638年 メインデルト・ホッベマ
  • 11月1日:1596年 ピエトロ・ダ・コルトーナ
  • 11月2日:1082年 徽宗
  • 11月3日:39年 マルクス・アンナエウス・ルカヌス
  • 11月4日:1470年 エドワード5世
  • 11月5日:1494年 ハンス・ザックス
  • 11月6日:1494年 スレイマン1世
  • 11月7日:15年 小アグリッピナ
  • 11月8日:35年 ネルヴァ
  • 11月9日:1731年 ベンジャミン・バネカー
  • 11月10日:1431年 ヴラド・ツェペシュ(通称ドラキュラ公)
  • 11月11日:1579年 フランス・スナイデルス
  • 11月12日:1755年 ゲルハルト・フォン・シャルンホルスト
  • 11月13日:354年 アウグスティヌス
  • 11月14日:1650年 ウィリアム3世
  • 11月15日:1316年 ジャン1世
  • 11月16日:紀元前42年 ティベリウス
  • 11月17日:9年 ウェスパシアヌス
  • 11月18日:709年 光仁天皇
  • 11月19日:1600年 チャールズ1世
  • 11月20日:1625年 パウルス・ポッテル
  • 11月21日:1617年 土佐光起
  • 11月22日:1709年 フランツ・ベンダ
  • 11月23日:912年 オットー大帝
  • 11月24日:1632年 バールーフ・デ・スピノザ
  • 11月25日:1562年 ロペ・デ・ベガ
  • 11月26日:1288年 後醍醐天皇
  • 11月27日:1684年 徳川吉宗
  • 11月28日:1563年 細川忠興
  • 11月29日:1427年 英宗
  • 11月30日:1554年 フィリップ・シドニー
  • 12月1日:1081年 ルイ6世
  • 12月2日:1817年 島津久光
  • 12月3日:1729年 アントニオ・ソレール
  • 12月4日:1660年 アンドレ・カンプラ
  • 12月5日:1687年 フランチェスコ・ジェミニアーニ
  • 12月6日:1421年 ヘンリー6世
  • 12月7日:1561年 吉川広家
  • 12月8日:紀元前65年 ホラティウス
  • 12月9日:1608年 ジョン・ミルトン
  • 12月10日:1394年 ジェームズ1世
  • 12月11日:1465年 足利義尚
  • 12月12日:1526年 サンタ・クルス侯爵アルバロ・デ・バサン
  • 12月13日:1520年 シクストゥス5世
  • 12月14日:1009年 後朱雀天皇
  • 12月15日:37年 ネロ
  • 12月16日:1682年 アニーローリー
  • 12月17日:1239年 藤原頼嗣
  • 12月18日:1507年 大内義隆
  • 12月19日:1676年 ルイ=ニコラ・クレランボー
  • 12月20日:1537年 ヨハン3世
  • 12月21日:1117年 トマス・ベケット
  • 12月22日:1546年 黒田孝高
  • 12月23日:1605年 天啓帝
  • 12月24日:紀元前3年 ガルバ
  • 12月25日:1458年 尼子経久
  • 12月26日:1194年 フリードリヒ2世
  • 12月27日:1571年 ヨハネス・ケプラー
  • 12月28日:1164年 六条天皇
  • 12月29日:1721年 ポンパドール夫人
  • 12月30日:39年 ティトゥス
  • 12月31日:1491年 ジャック・カルティエ

一番古いのは、紀元前549年4月12日に生まれた マハーヴィーラ(インド・ジャイナ教の開祖)でした。それに次ぐグループとしては、共和制から帝政にかけてのローマの偉人たちが目に付く。かなり年代が下がらないと生年月日がわからないケースもあるみたいだけど、なにぶん、ソースが Wikipedia だから偏りがあるかもしれない。

日本人に限れば、パッと見だけど574年2月7日生まれの 聖徳太子 かな? ソースが日本語版 Wikipedia なせいか、日本人が登場する日付も割と多い。そのほとんどは男性の皇族か将軍、大名、有名な僧侶が占めるけれど、なかには雲光院(阿茶局、徳川家康の側室)、五郎八姫(伊達政宗の娘)などの女性も見られる。

1drv.ms

おまけ

ソースも張り付けておく。XPath ひとつでバシッととってくるのは無理っぽかったので、ちょっとぐちゃぐちゃしているかもしれない。あと、結果が正しいかどうかは1月16日までしか確かめていない。

@{
    Layout = null;

    var date = new DateTime(2017, 1, 1);
    var result = new List<dynamic>();

    while (date.Year == 2017)
    // while (date.Month == 1)
    {

        var address = string.Format(
            "https://ja.wikipedia.org/wiki/{0}", 
            date.ToString("M月d日"));
        var client = new WebClient()
        {
            Encoding = System.Text.Encoding.UTF8,
        };
        var html = client.DownloadString(address);

        var doc = new HtmlAgilityPack.HtmlDocument();
        doc.LoadHtml(html);
        var node = doc.DocumentNode
            .SelectNodes(@"//h2")
            .Where(_ => _.InnerHtml.Contains("誕生日"))
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        do { node = node.NextSibling; } while (node.Name != "ul");
        node = node.ChildNodes.First(_ => _.Name == "li");

        var text = node.InnerText;

        var year = text.Split('、').First().Split('-')
            .First().Split('(').First().Trim();
        var name = text.Split('、').First().Split('-')
            .Last().Trim();
        var description = text.Split('、').Last();

        result.Add(new
        { 
            Date = date.ToString("M月d日"),
            Year = year, 
            Name = name, 
            Description = description,
        });

        date = date.AddDays(1);
    }
}

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<html>
<head>
    <meta name="viewport" content="width=device-width" />
    <title></title>
</head>
<body>
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        <table>
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        {
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            </tr>
        }
        </table>
    </div>
</body>
</html>

『占いと中国古代の社会』

読書 歴史

占いと中国古代の社会―発掘された古文献が語る (東方選書)

占いと中国古代の社会―発掘された古文献が語る (東方選書)

買っておいてなんだけど、自分にはまだ早かったらしく、よくわからなかった。そんなわけで面白そうなところだけゆっくり読んで、あとはテキトーに読み流した。作者の中の方、えろうすみません。

というわけで、個人的に「へぇ」と思った部分だけ抜き書きする。

漢高祖の諱(本名)

漢の高祖の名前は「劉邦」だといわれているが、実は『史記』にその記述はない。

高祖、沛豊邑中陽里人。姓劉氏、字季。父曰太公、母曰劉媼。其先、劉媼嘗息大沢之陂、夢与神遇。是時雷電晦冥。太公往視、則見蛟竜於其上。已而有身。遂産高祖。

『漢書』にも記載はなく、一番古いものは後漢の荀悦『漢紀』の記述なのだそうな。

漢高祖諱邦。字季。初昭靈后嘗息大澤之陂。夢與神遇。是時雷電晦冥。太上皇視之。見蛟龍臨之。遂有娠而生高祖。隆準龍顏。美須髯。左股有七十二黑子。寬仁愛人。有大智度。

出土資料から名前が「邦」であったことはほぼ確実とみられているみたいだけど(Wikipedia さんがそういってた)、この時代に出土した日書(本作の主題である、なんか占い関係の出土品)では諱が避けられていないのだそう(ちなみに始皇帝の本名「政」(「正」もついでに避諱)は避けられ、「端」に改められてた)。本当に「邦」って名前だったのかなー。調べてみると面白いかも。

もし本名が「邦」で、にもかかわらず避諱されていなかったとしても、なんかフツーに僕らが抱いている高祖像になんかフィットしてて、それはそれで面白いけれどね。「そんなめんどくせえこと、やんなくていいよ。っていうか、本名知らなかったら避けなくていいじゃん?」的なw

官吏の出張生活

本書では前漢期に東海郡で人事部長のようなことをしていた師饒という人物のお墓から見つかった「日記」が扱われている。これがちょっと面白かった。

荊軻が振り返らなかったのは

燕の太子丹が始皇帝(当時はまだ秦王)を暗殺しようと、刺客・荊軻を送り出すシーンは『史記』の名シーンの一つだと思う(引用は『戦国策』燕策)。

太子及賓客知其事者,皆白衣冠以送之。至易水上,既祖,取道。高漸離擊筑,荊軻和而歌,為變徵之聲,士皆垂淚涕泣。又前而為歌曰:「風蕭蕭兮易水寒,壯士一去兮不復還!」復為慷慨羽聲,士皆瞋目,發盡上指冠。於是荊軻遂就車而去,終已不顧。

「かくして荊軻は車に乗って去り、ついに振り返ることはなかった(於是荊軻遂就車而去,終已不顧)」。なんかこれ、単に「後ろは振り返らないマン」って感じに解釈していたけど、当時の風習だったんだな。

かつて自分の邑をでて旅に出るということは、つねに死の危険を伴うことだった。なので、旅立ちの際は「日書」(今でいう風水みたいなの)で吉日・吉方を選んだり、謎のステップ「禹歩」を踏んだりといった縁起を担いだ。ちゃんとこのあたりのことはわきまえていないと、当時のテキストを誤読する恐れがある。

関係ないけど、『史記』のこの下りの「図窮まりて匕首見(あら)はる」はマジ名文だな。このブログ書きながら読み返していたけど、本当に感心した。また今度触れよう(ぇ

風を移し、俗を易える

「風を移し、俗を易える」は政治の要諦だというが、風とは、俗とはなんなんだろうね。「風」は“やり方”“ムード”、今の日本語でいうところの「空気を読む」の「空気」に近いと思う。「俗」は“ならわし”“洗練されていない・権威のない・普遍的でない(⇔聖)”“リクツにもとづいていない(⇔理)”みたいな意味。

それはともかく、秦は六国を征服したとき、その課題に直面した(睡虎地秦簡「語書」)。

古は民にそれぞれ各地の郷俗があり、地域によってそれぞれ利するところ、好むところ、悪(にく)むところが異なっていた。これは民にとっても国家にとっても不都合だ。そこで聖王は法を作り、民心を強制し、邪な心や悪俗を除いた。それでも法律は不足し、その裏をかく民が後を絶たない。そこで間令が下されることになった。

まぁ、ナッシュ均衡みたいな関係を是正して Win-Win な方向へ向かわせるというのを、暗黙的ルール(雰囲気)と明文化されたルール(法律)の双方をもって行うということなんやろう。そのためには、不公平感がないこと・みんなが従っていること・普遍的なルールであることが大事だった。なので、秦は度量衡を統一し、刑罰を定めた。そのうちの施策として「時間(暦)の統一」というのもあったけれど、これを杓子定規に当てはめることには無理があった(まぁ、アメリカでタイムゾーンを統一するとか想像してみるとちょっとわかるかも。当時は“一年が何月で始まるか”すら地域によって違った)ので、その齟齬を埋めるための特殊法も作られたらしい。

いろいろ大変なことだなぁ、と思う(小並感