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だるろぐ

とてもだるだるした日記です http://about.daruyanagi.jp/

お知らせ

『民法はおもしろい』

読書 法学

民法はおもしろい (講談社現代新書)

民法はおもしろい (講談社現代新書)

確かに、おもしろかった。

民法改正: 契約のルールが百年ぶりに変わる (ちくま新書)

民法改正: 契約のルールが百年ぶりに変わる (ちくま新書)

ついでに 『民法改正: 契約のルールが百年ぶりに変わる』 - だるろぐ も参照するといいかもしれない。民法の類型や成り立ちについては『改正』の方が詳しい。一方、『おもしろい』のほうは市民生活に即していて、役に立つ感じ。この本の後半は、『改正』で述べられた論議についても触れていて、民法がどうあるべきかという熱い話が読める。

本の内容は読んでみればわかるので、ここでは自分の疑問をメモしておこう。

わかりやすい法律って?

少なくとも、わかりやすい民法を作ろうとするためには、まず、民法を使うものの目線に降りてきた議論をしなければならないと思う。つまり、民法を読み、使う立場に立って、それらの人々の知識レベルと言語感覚で、まずは①日本語の文章としてわかりやすいものにすることが、つぎに、②書かれてあることで内容が理解できること、が大切である。(P.183)

ほんとうにそうだろうか? 「わかりやすさ」≒「読みやすさ」+「理解しやすさ」なのだろうか。言語感覚など一世代を経ればかなり変わるものだけど、そのたびにウワベの改正をするのだろうか。

法律について一般大衆が知りたいことというのは、

  • いま直面している問題を法的に妥当に解決するにはどうすればよいか
  • 自分の行為が適法か否か、違法であればどのような罰則があるのか*1
  • なぜ適法なのか、なぜ違法なのか

みたいなことなのではないかな。どうせ「です」「ます」に書き換えたとしても、条文なんか読まない。

市民にとって法律のわかりにくさというのは、条文の読みにくさを意味するのではない。むしろ、こういうことだと思う。

大事なのは簡潔に整理された法概念と、法的推論の容易さだ。そして、“驚き最小限”で現実にフィットすることだ。

形式法学

これは常々夢想していることなのだけど、法学はもっと形式的であっていいと思う。具体的に言えば、情報工学の知見を盛り込んで、なるべく数式でルールを表現していい。

そもそも、基本的に法律が決めていることを分解すれば、こういうことだ。

  • 命令:X が Y に行為 Z を強制する(クルマを運転しろ)
  • 禁止:X が Y に行為 Z を強制しないことを強制する(クルマを運転するな)
  • 許可:X が Y に行為 Z を強制しないことを強制しない(クルマを運転してもよい)
  • 権利:X が行為 Y をすることを否定しない(エロい絵を描くのはダメじゃない)
  • 義務:X が行為 Y をしないことを否定する(働かないのはダメだ)

あとは条件を付けたり、刑法ならば違反した場合の罰則を加えるだけのこと。この罰則についても、対象をオブジェクト指向やインターフェイスの概念でまとめれば、見通しがよくなる。

  • “モノ”は売ってよい
  • 人間はモノではない → 売ってはいけない
  • ネコはモノである → 売ってよい
  • “生き物”は殺せる。しかし、みだりに殺してはならない
  • 人間は生き物である → みだりに殺してはならない
  • 机は生き物ではない → 殺せない

このように法律をプログラム化すれば、市民は以下のように法律が使えるようになるだろう。

(入力)
- 自転車は歩道を走ってよいか?
(出力)
- 自転車==車両 => true, 歩道==車道 => false
- 道路交通法: 禁止(車両.(not 車道)を走る)
→ ダメ

(入力)
- 児童?
(出力)
→ 存在 - 生き物 - 非買物 - 人間(条件:年齢13歳未満)

(入力)
- 買う?
(出力)
→ X 買う Y(Z で)、X: 人間、Y: (生き物 not 非買物)or モノ、Z: 金銭

ちょっとこれ、prolog(Prolog - Wikipedia)みたいだね。

これらを具体的にどうやって実装するのか自分には想像もできないのだけど、どうせゲロゲロなコードの塊になるんだろう。でも、そんな中身なんか市民は知る必要はない。概念が大まかに理解できて、推論による結果が日常生活に合致していればいい。これは“明快”なるがゆえに“分かりやすい”。パソコンの OS がなにしてるのかを知らない人でも、パソコンを使いこなせるように。

なんなら、現在の条文の体裁に慣れた人たちのために、プログラムを条文の体裁に「コンパイル」してやってもいいだろう。むしろ、プログラム化した“法律”は施行するべきものではないのかもしれない。これまでのやり方とは違いすぎる。けれど、法律をモデル化し、その妥当性を検証するといった方法論としては検討に値すると思うのだけど。

……という話を、法○省に勤める友人に昔したことがあるのだけど「意味が分からん」と言われた。

ともあれ、

少なくとも、法理論の観点から法体系を再構築する、などという議論は、学者の自己満足に過ぎないというべきであろう。(P.206)

という意見には反対したい。

実務には直接関係ない部分を洗練させることは、プログラミングで言えば“リファクタリング”に相当することだと思うが、まぁ、自己満足と言われればそうなのかもしれないけれど、基本的にはやるべきことなのではないかと思う。中身をすっきり整理しておけば、いざ機能を拡張するときに便利よ?

*1:民法には罰則がないそうだが