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だるろぐ

とてもだるだるした日記です http://about.daruyanagi.jp/

お知らせ

『艦艇学入門―軍艦のルーツ徹底研究』

艦艇学入門―軍艦のルーツ徹底研究 (光人社NF文庫)

艦艇学入門―軍艦のルーツ徹底研究 (光人社NF文庫)

『シーパワー』という雑誌に連載されていた「軍艦のルーツを探る」というコーナーを編集したものだそうで。“軍艦のルーツ徹底研究”と銘打ってるけど、一時代を築いた“戦列艦(ship of the line)”の話はほとんどないし、割と偏った内容だなと思った。

  1. 水雷艇・魚雷艇
  2. 駆逐艦
  3. スループ・コルベット・フリゲイト
  4. 機雷敷設艦・掃海艇
  5. 砲艦
  6. モニター

目次はこんな感じ。これを見てもわかるように、“(著者が気になった種類の)軍艦のルーツを探る”って感じ。でも、フリゲート、コルベット、スループの違いが判んないような僕のような人間にとっては貴重かも。帆船なんて、ろくに見たこともないしね。

以下、自分なりにまとめなおしてみた。

水雷艇

まず、昔は魚雷なんてなかったってことを知っておかなきゃいけない。でないと、魚雷艇との区別は難しい。

そもそも“水雷”というのは、陸戦で利用する“地雷”と違い、海戦で利用する“水中爆発兵器”一般を指す。具体的には機雷(機械水雷)、魚雷(魚形水雷)、爆雷(これは対潜水艦用で、無論、潜水艦が登場してから現れた)などを指すが、黎明期には外装水雷と呼ばれるものも存在した。これは要するに棒の先に爆発物をくっつけて、敵艦をつついて爆発させるという、ただ敵が引っかかるのを待つ機雷の発展型であり、魚雷の祖先のようなものだ。

そういった水雷兵器を搭載する船一般を水雷艇(torpedo boat)と呼ぶ。“torpedo”は今では魚雷を指すが、そもそもは発見は難しい爆発物(地雷、機雷)を意味し、次第に外装水雷、自走式水雷を意味するようになった。現在では、自走式水雷といえば魚雷のことなので、“torpedo”はそのまま魚雷を意味する。

19世紀に誕生した水雷艇は、駆逐艦と魚雷艇(後述)の狭間で次第に存在意義を失っていき、日本では大正十二年を最後に絶滅する――はずだったが、軍縮条約の兼ね合いで復活。ただし、その実質は軽巡洋艦・駆逐艦で、それだと軍縮条約的に不都合があったので水雷艇と呼ばれた。友鶴事件を引き起こした水雷艇「友鶴」などが有名。

魚雷艇

魚雷艇とは、要するに魚雷を積んだモーターボートだ(『ブラック・ラグーン』でダッチが乗ってるヤツだな)。奇襲を旨とし、速度が重視される。それゆえ装甲は一切持たないことが多い。水雷艇の歴史が南北戦争にまでさかのぼるのに対し、魚雷艇は魚雷が発明された19世紀後半以降に登場する、比較的新しい艦種と言える。なお、魚雷艇は水雷艇に含めてもよいかもしれないが、その逆は厳密にいうと正しくないと思われる。

モーターボート一隻で何億もの資材と数年の歳月をかけて建造された戦艦を撃沈できるというのは、当時貧乏だった日本海軍にとって魅力的だった。そのため、水雷艇の導入も、魚雷艇の導入も、世界的に見て割かし早かったようだ。

この艦種の弱点は、あまりに小さいと外洋航海ができない(航洋性がない)点。もっとも時代を経るにしたがって大型化するのが艦艇の宿命であり、魚雷艇もその例外ではない。なかには航洋性をもつものもあるかもしれないが、自分はよく知らない。

駆逐艦

駆逐艦(Destroyer)は本来、水雷艇駆逐艦(torpedo-boat destroyer)という。名前の通り、水雷艇(魚雷艇も含む)を蹴散らすための艦種だ。よって、誕生は水雷艇の(脅威が認識された)後のことになる(日清戦争の時ぐらいかな?)。

この艦種に求められるのは、水雷艇を撃沈するに十分な砲火力(必然的に船体も大きくなる)、そして水雷艇に迫る速力だ。魚雷艇と異なり、最低限の航洋性を備えることが多いのも違いと言える。また、戦艦・巡洋艦には太刀打ちできないため、一発逆転のために魚雷兵装を備えるのも特徴。装甲は紙に等しい。

前身としては“水雷砲艦”と呼ばれる水雷兵装を備えた砲艦(火砲を備えた艦)があったが、水雷艇を追い払うのはともかく、逃がさないという点では速力に難があった。日本海軍の場合、実質的に初めて配備された水雷砲艦は「龍田」だったが、すでに駆逐艦の時代が幕開け用としていた頃だったので水雷砲艦としては使われず、通報艦として利用された。通報艦「龍田」は日本海海戦に参加し、無事役目を果たしている。

駆逐艦の当初の役割は、水雷艇を追い払うことだった。しかし、その快速故に便利使いされ、時代を経るにしたがって役割が増えていく。たとえば、巡洋艦に従っての砲水雷戦、対潜水艦任務、商船の護衛任務、空母の護衛任務(防空、トンボ吊り(甲板から落ちた航空機を救助する))などなど。第二次世界大戦以降はミサイルの登場により、大砲を持つ戦艦が存在意義を失ったため、巡洋艦と駆逐艦がメインの戦力となっている。

巡洋艦(スループ・コルベット・フリゲート)

巡洋艦(cruiser)の歴史は、帆船時代に始まる。というわけで、水雷艇や駆逐艦なんかよりずっと古い。

任務は単艦での示威・通信伝達・索敵・通商保護・通商破壊など。艦隊を組んで中核戦力を担った“戦列艦(ship of the line)”がやらない&やれないことを全部やったのが巡洋艦だと言える。

フリゲートはもともと英国以外の国で発達した艦で、戦列艦に比べて艦形は小さく、砲甲板も一段で、当然備砲も少ない。しかしその分、耐航性や耐波性に優れ、索敵や敵艦隊を攪乱する前衛部隊、高速性を生かした遊撃部隊、船団護衛などに使われた。これを拿捕した英国海軍もフリゲートの有用性を認め、戦列艦に準ずる砲火力を持つ艦として位置付けた。

一方、スループは戦列艦やフリゲートよりももっと小さな補助艦艇だった。主任務は通報・偵察で、その名前は1660年のチャールズ二世の治世に初めて見える。19世紀初頭の英国海軍では、備砲が多い艦(1等~3等艦)を戦列艦、少ない艦(3等~6等)をフリゲートと分類しており、スループはそのどれにも該当しない小型艦の総称だった。

最後のコルベットは、もともと大陸で利用されていた言葉で戦闘用のスループと同義。ナポレオン戦争以降英海軍に導入され、巨大化していくフリゲートと小型のスループの間にある中型艦を指す言葉として定着した。スループは1本マストで、コルベットは3本マストという話もあるッぽいけど、まぁ、そこらへんはよくわからん。英海軍では三本マストの艦をシップ・スループ、二本マストの艦をブリッグ・スループと呼んでいたらしいから、割とそこらへんはテキトーだったのじゃないかな。帆船時代から汽船時代になると、フリゲート・コルベット・クルーザーは単なる大きさの区別になっていく。

ちなみに、のちの重巡洋艦・軽巡洋艦は軍縮条約による分類で、単純に砲の大きさによる。重巡「古鷹」は軽巡「大淀」とほとんど同じサイズだし、利根型重巡はあとで砲を載せ替えることを前提に当初軽巡として建造された(なので、重巡につけられる山の名前ではなく、軽巡につけられる川の名前になっている)。また、米海軍は重巡への魚雷装備にこだわらなかったが、日本海軍は戦艦への対抗策として雷装に固執した(妙高型重巡は当初雷装なしで設計されたが、設計者が海外出張中に海軍が無理やり魚雷発射管を取り付けた……らしい)。戦力で劣る日本海軍としては、一発逆転の可能性のある魚雷を捨てるのは覚悟のいることだったらしい。実際は航空攻撃を受けると誘爆を恐れて目暗撃ち or 海中投棄していたので、バッサリ削って防空火力を増強したほうがよかったかもしれない。

第二次世界大戦後はミサイルの装備が主流になり、イージス艦などとして活躍しているのはご存知の通り。大戦期の巡洋艦には偵察用の水上機が搭載されることが多かったが、現在ではヘリコプター運用能力を備えた巡洋艦が多い。

砲艦

砲艦(gunboad、砲艇)は小型な軍艦で、船体に比較して強力な火砲を搭載している。浮き砲台に自走できるよう帆や機関をつけてみた感じといった方が当たっているかもしれない。

火力には優れるが、速力に劣る。また、航洋性をもたないことも多い。速力をもたせた“水雷砲艦”というものもあったが(前述)、もっぱら沿岸警備や砲撃による陸上部隊の支援などに用いられた。

そんな彼らが大活躍した場所が、1つだけあった――それは、河川。川ならば航洋性は必要ないし、川に十分な幅がなければ機動力も意味がない。火力だけがものをいうのだ。ただ一つ、川底の浅いところでも活動できないと困るので、吃水を浅くしているところだけが海洋型の砲艦と異なる。日本の河川砲艦のなかには、現地で組み立てられ、そのまま日本に帰ることなくその地で生涯を終えた艦も少なくなかったらしい。

とくに第二次世界大戦までの揚子江には、列強が送り込んだこの手の河川砲艦がウヨウヨしており、熾烈な勢力争いを繰り広げていた。しかし、第二次世界大戦が終わると、その多くは中国軍に接収された。

そのほかにも、河川砲艦はアムール川やアマゾン川などでも活躍していた。ソ連などは、意外に河川砲艦をたくさんもっていたのだそうな。海軍の戦いは海だけじゃないってことやね。

補足

同じ艦種でも、時代を経れば大型化していくので、かつての駆逐艦が巡洋艦並みに大きくなったりというのはザラ。なので、起源(何のために作られたか)と視覚的分類(主に大きさ、あと用途や艦形など)に加え、時代を考慮した三次元的な分類を行わないと、途中で混乱してしまうね。とくに駆逐艦のように求められるものが時代を経るにしたがって増えると、起源による分類は意味をなさなくなっていくし、視覚的分類も困難になっていく。このことが、艦の分類を難しくしていると思う。この本に出てくる“モニター”なんかは素人的にもわかりやすいけれど、“河川砲艦”と“河川モニター”って何が違うの? って言われるとよくわからん(本書には明確な違いが書いてなかった気がするが、モニターは“半潜水艦”であったのに対し、砲艦は船であり、居住性などは砲艦のほうが上だったらしい?)。